第六十段（花橘）
　・・・阿波国文庫本
〜 定家本 … 第六十段
　むかし、をとこありけり。みやづかへいそがしく、こゝろもまめならざりけるほどのいへとうじ、まめにおもはむといふひとにつきて、人のくにへいにけり。このをとこ、うさのつかひにていきけるに、あるくにのしぞうの官人のめにてなんあるときゝて、「おんなあるじにかはらけとせよ。さらずはのまじ」といひければ、かはらけとりいだしたりけるに、さかななりけるはなたちばなをとりて、つかひ、
　　さつきまつ はなたちばなの かをかげば
　　むかしのひとの そでのかぞする
といひけるにぞ、おもひいでて、あまになりて、やまに入りてぞあむなる。
　
　　　五月を待って咲く、花の橘の香りを嗅ぐと

　　　　　　契りあった人の、袖の香りがする


語　句

現代語訳
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