第 10 段   たのむの雁


 昔、男が武蔵の国までさ迷い歩いて行った。そうして、その国に住む一人の女に結婚を申しこんだ。女の父親は違う男と結婚させようとしていたが、母親は高貴な家柄の人に執着したのだった。父親は身分の低い人だったが、母親の方は藤原氏の出身であった。それで将来有望な身分の高い人にと思ったのである。この婿と決めた決めた男に歌を詠んでよこしたのだった。住所は入間の三吉野の里であった。

 
みよし野のたのむの雁もひたぶるに
  君が方にぞ寄ると鳴くなる

    三吉野の田の面に下り立ってあなたを頼りにしている雁も
      ただひたすらに、あなたに心を寄せているよと鳴いているのです

 婿に決まった男は、歌を返した。
  わが方に寄ると鳴くなるみよし野の
   たのむの雁をいつか忘れむ

      私の方に心を寄せているよと、鳴く三吉野の田の面の雁を
         いつ私が忘れることがあるでしょうか

というものだった。京を遠く離れた他の国でも、やっぱりこういう、優雅なことは止まなかったのである。



原 文         解 説


  定家本 狩使本   在原業平 藤原高子 伊勢斎宮 東下り
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