第 九十四 段
(紅 葉も花も)
むかし、男ありけり。いかゞありけむ、その男すまずなりにけり。のちに男ありけれど、子あるなかなりければ、こまかにこそあらねど、時々ものいひおこせけり。女方に、
絵かく人
なりければ、かきにやれりけるを、今の男のものすとて、ひと日ふつかおこせざりけり。かの男いとつらく、「
おのが聞ゆる事をば、今までたまはねば、ことわりとおもへど、なほ人をばうらみつべきものになむありける
」とて、ろうじてよみてやれりける。時は秋になむありける。
秋の夜は春日わするゝものなれや
霞に霧や千重まさむらむ
となむよめりける。女、かへし、
千ぢの秋ひとつの春にむかはめや
もみじ花もともにこそ散れ
秋の夜には、春の日のことなど忘れてしまうものなのだから
昔の春の霞よりも、今の秋の霧のほうが、千倍もよいのでしょうね
千個の秋も、たった一個の春にはかないません
でも今の紅葉も、昔の桜の花も、どちらも散って去ってしまうものです
語 句
定家本
狩使本
在原業平
藤原高子
伊勢斎宮
東下り
次の段
次段(九十五)
前の段
前段(九十三)
現代語訳
原文
のホーム
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送