第 七十五 段 (海松)


 むかし、男、「伊勢の国に率ていきてあらむ」といひければ、女、
  大淀の浜に生ふてふみるからに
   心はなぎぬかたらはねども

といひて、ましてつれなかりければ、男、
  袖ぬれてあまの刈りほすわたつ海の
   みるを逢ふにてやまんとやする

女、
  岩間より生ふるみるめしつれなくは
   汐干汐満ちかひもありなむ

また男、
  涙にぞぬれつゝしぼる世の人の
   つらき心は袖のしづくか

世にあふことかたき女になむ。 

大淀の浜に生えているという、ミルではありませんが
 私はあなたを見るだけで、心は穏やかになりますよ、契りあわなくても


袖を濡らして、海人が刈って干している海のミルのように
 見ることを逢うことに代えて、あたなはもう終わりにしようというのですか

岩間から生えるミルメが、そのまま変わらずあったならば
 潮が引いても満ちても、きっと貝の付くことがあるでしょう


涙に濡れながら、袖を絞っています
 あなたの中の冷淡な心は、私の袖のしづくのようです

 

語 句


  定家本 狩使本   在原業平 藤原高子 伊勢斎宮 東下り
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現代語訳
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