異 10 段 【 J 】
昔、男がなんとはなしに道を行き進むと、駿河の国の宇津の山の入口に着いた。自分が分け入ろうとする道は、すごく暗くて細く、蔦や楓が茂り、ひどく心細く思えた。これは、とんでもない目に会うかも知れないなと思っていると、そこから出てきた人に出会った。「どうしてこのような道で、お逢いするのでしょうか。」と言うので、見るとそれは知人であった。それで京に、あの女のところに届けてほしいと思って、手紙を書いて頼んだ。
中空に立ちゐる雲のあともなく
身のいたづらになりぬべきかな
空に立ちはだかる雲が、あっと言う間に跡形なく消え失せてしまうように
私の身もむなしく消えてしまいそうです
と歌を付けた。このようにして女のことを思いながら行き、
駿河なる宇津見の山のうつつにも
夢にも人に逢はぬなりけり
駿河の宇津見の山にこうして来てしまいました
現実の世界でも夢の中でも、あなただけでなく、誰一人会わないのでした
と思いながら進んで行ったのでした。
(小式部内侍本)
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