第74段
(
海松
)
・・・阿波国文庫本
〜
定家本
…
第75段
昔、男が「伊勢の国に一緒に行って、そこで暮らそう」と言ったところ、女は、
大淀の浜に生ふてふみるからに
心はなぎぬかたらはねど
大淀の浜に生えているという、ミルではありませんが
私はあなたを見るだけで、心は穏やかになりますよ、契りあわなくても
と言って、以前にも増して冷淡であったから、男は詠む。
袖ぬれてあまの刈りほす
わたつみの
みるを逢ふにてやまんとする
袖を濡らして、海人が刈って干している
大海
のミルのように
見ることを逢うことに代えて、あたなはもう終わりにしようというのですか
女は、
岩間より生ふるみるめしつれなくは
汐干汐満ちかひもありなむ
岩間から生えるミルメが、そのまま変わらずあったならば
潮が引いても満ちても、きっと貝の付くことがあるでしょう
と。また男が、
涙にぞぬれつゝしぼる世の
つらき心は袖のしづくか
涙に濡れながら、袖を絞っています
あなたの中の冷淡な心は、私の袖のしづくのようです
と詠んだ。世にも逢うことのむつかしい女であった。
原 文
解 説
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