第128段(のどけき春)
 ・・・阿波国文庫本

異本章段 異15段 【O】

 昔、色事を好む女がいた。男も、それほど変わらず同じように、色事を好んだ。この色事の好きな女を、男はどうにかして自分のものにしたいと思っていたのだが、女もまた同じように念じていた。どんな時だったか、ついに二人は逢ったのであった。男も女も互いに恋しく感じたので、「私もどうにかして見捨てられないようにしよう」と、心の休まる間もなく思うようになったのである。しかしなお女には、「出ていこう」と思う気持ちが心の片隅にあった。
  
いざ桜散らば散りなんひとさかり
    ありへば人に憂きめ見えけん

         さあ桜よ、散るならば思いきって一緒に散ってしまおう。いっときの盛りが過ぎたならば
            他人にいやなところを見られずに済んで欲しいから

と書いて去った。男が来て見ると女はいない。大変残念に思い、いろいろ思い返していた。
  
いさゝめに散りくる桜なからなん
   のどけき春の名をも立つめり

        仮初めに咲いてすぐに散ってしまうような桜なんかないほうがよいのです
           のどかな春という名も上がるだろう



原 文
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