第 9 段


解説

 カキツバタで有名な最初の歌は、折句・序詞・掛詞・縁語や技巧的にも完全な歌である。「か・き・つ・は・た」の五文字を各句の頭に冠する折句。「唐衣着つつ」は「褻れ」を導く序詞。「褻れ」に「慣れ」、「つま」に「褄」と「妻」、「はるばる」に「張る張る」と「遙々」を掛ける。「着る」・「褻る」・「褄」・「張る」は「唐衣」の縁語。
 八橋は、愛知県知立市八橋町に旧跡があるが、確実なものは不明である。近くには燕子花が群生する天然記念物の池がある。地名と景勝地を組み合わせて創造した腕は、見事である。
 当時、米はまだ副食であったが、調理技術が大きく進歩した。米を煎ったものに、モミ米のまま煎って殻を取った焼き米があるが、もち米・栗・キビなどを蒸して太陽で干した糒(ほしい・乾飯)があった。これを旅の携帯食にするときは餉(かれい)とよんだ。塩・若布と一緒に餌袋に入れて携帯し、旅先でお湯を入れて戻して柔らかくして食べたのである。兵士用にしたり、飢饉対策にも用いた。
 燕子花の和歌だけで十分に完結しているから、以下の駿河や武蔵の国の下りは、後で付け加えたようである。宇津の山の歌は、『忠岑集』の古歌を改作したという。相手を強く思うと、夢路を通って夢に出現すると信じられていたから、「私のことをもう忘れただろう」と薄情な女を恨んだのである。
 五月末は今では六月末から七月始めにかけての、梅雨後半の時期である。富士の歌は、夏なのに雪が降っていると、都の読者を驚かせたもの。
 東京の隅田川で見た「都鳥」は、「ゆりかもめ」のことだから、海に住むかもめは、盆地の京では見たことがなくても当然である。その名に都とつくものだから、ただでさえ都から遠く離れた所に来てしまったのに、今まさに、川を渡って更に遠い所に行こうとしている。わが身の状況を思うと、悲痛な叫びが読みとれる。



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